赤と青、夕暮れと夜、白と黒の衣装。どうして人間って対を作りたがるのかしら。Knightsのくせにって笑われても仕方ないんでしょうけど、アタシは昔からきっぱり白黒つけるってことが好きじゃなかった。曖昧? いいじゃない、誰かが作った二つしかない選択肢なんかでアタシを縛らないでよ。アタシは自由でいたかったし、皆が楽しければそれでいいとも思っていた。だからknightsはアタシにとってすごく居心地の良い場所だった。撮影室に誰が言うでもなく集まって、皆で何か一緒にやるなんていうのはお仕事くらいで、他はそれぞれ思い思いに過ごして、それが心地よくてなんだか気ままな野良猫にでもなった気分だったのよ。 ああでもきっと、それだけじゃあ駄目だったのよね。猫じゃあ剣も盾も持てないんだもの。アタシたちknightsだった、何かを守る為に本気でいなきゃいけなかった。自分で守り抜けなくちゃ、そこは居場所なんて呼べないわ。もう一度あの光をよく反射する、真っ白な撮影室に帰る為にこのライブはどうしても負けられない。 そうわかっている筈なのに、この無駄に厳かでリアリティ溢れるセットのせいかしら。身内の恥晒しなんて笑ってたくせに一体これに幾ら使ったのよ。崩れかけの古城にも見える舞台は守るものを忘れかけてたアタシたちを揶揄しているようにも見えて、柄にもなく緊張なんかしてるのよ。 ゆっくりと息を吸いこんで、細く長く吐き出していく。どうせ司ちゃんが緊張するのはわかりきったことなんだから、アタシくらいは余裕でいようと思ってたのに、駄目よねぇ。 思えばアタシ、こんな風に何かを賭けてステージに立ったことなんかなかった。アタシの一番はいつもアタシで、だから失うものなんて持ったこともなかった――この学院に入るまでは。 微かに震える指先を見つめていると、突然お尻に容赦のない衝撃が走る。 「いったぁーい! ちょっと泉ちゃん!? 可愛いアタシのお尻に何すんのよォ!」 「はぁ? 可愛い? この四角くて硬い尻のどこが可愛いのか説明してよ、なるくん」 自分から叩いてきたくせに、手についた何かを振り払うような素振りを見せる。未だにじんじん痛むお尻をさすっていると、マントに手を拭いつけている泉ちゃんと目があった。 「何緊張ひてんだか、気持ち悪い」 「泉ちゃんこそ何噛んでるのよ、気持ち悪い」 どうやら先輩の貫録を見せつけようとドヤ顔でアタシのお尻を叩いてきた泉ちゃんも、らしくもなく緊張しているみたいだった。 「なるくんうるさいよ」 「先につっかかってきたのはそっちでしょ? もう、仕方ないんだから……それにしてもこんなに緊張するステージなんていつ以来かしら」 泉ちゃんとは同じ事務所のモデルとして、学院に入学する前から面識があった。最初こそクールでとっつきづらそう、なんて思ってたけどそれもほんの一時期の話だ。オンオフの切り替えの差が激しすぎる泉ちゃんは嫌われることも多かったけれど、アタシはどうしてかずっとこの人のことを嫌いになれないでいる。それは多分アタシが泉ちゃんみたいな生き方は絶対に出来ないと思っているからだ。泉ちゃんには好きと嫌い、白と黒しかないんだもの。極端だけど、その真っ直ぐさが少し羨ましい。つまり、泉ちゃんは同じモデル仲間にしてちょっとだけ、憧れの人でもあった。 初めて同じステージに立つことになった日も、こんな風に泉ちゃんはアタシのお尻を思いっきり叩いてきた。そうしてアタシにこう言ったのだ。 『ちょっとあんた、ビビッてんじゃないよ、ブスになる。背筋伸ばして、前向いてれば誰だってそれなりに見えるんだから』 初陣の後輩にブスなんて、あんまりよねぇ。それでも、その後不思議と気が楽になったことも覚えてるわ。あれから何回、二人で同じステージに上がったのかしら。モデルとして、アイドルとして、泉ちゃんはいつもアタシの隣に立っていた。 「ビビりのなるくんに、いいこと教えてあげようか? さっきまでどことなく強張った表情をしていた泉ちゃんが何かを思いついたように、にやりと笑ってみせた。 「なぁに、急にどうしたのよ」 「相手は大物揃いだけど、一応まだ学院所属のアイドルでしょ? プロとしての経験で俺となるくんに敵う奴、この学院には誰もいないじゃない」 確かにそれはそうだけれど、それはモデルとしての経験の話でアイドルとしてならば向こうの方が少し上じゃない。そう言おうと口を開きかけたところで、はたと動きが止まる。 ああ、なんでアタシは自分の武器を忘れていたのかしら。アタシたちの一番の強みがそこにあるなら、それを使わない理由はないじゃない。自分より強い相手に立ち向かうなら尚更だわ、形振りかまってる場合じゃないもの。今まで何度ステージに立ったの? 何度、レンズ越しの要望と期待に応えてきたの? その時隣に居たのは誰? アタシたち、引っ叩き合って何回一緒に戦ってきたの? 今までだってこの二本の足で歩いて来たのよ。先の見えない夜だって切り開いていける。あの子たちの道はアタシが途切れさせない。 「……ありがと、泉ちゃん。今最高に無敵な気分よ」 「なるくんってば、単純」 「いいのよ、単純なとこがアタシの強みで魅力なんだもの。うふふ、勝ったらお礼に駅前のカフェのチーズハンバーグドリア、奢ったげる」 「えー、太るじゃん」 「いいのよ、こういう時くらい自分のこと甘やかしてあげなくちゃ。その代わり、全力でぶちかまさないとね」 「当然でしょ? あと、チーズハンバーグドリアじゃなくてチョコクロワッサンね。バターたっぷりのやつ」 「なぁに、泉ちゃんも乗り気じゃない」 堪え切れずに吹き出すと、客席の方から歓声が上がり、集中するライトでステージが白く光り始めた。幕は上がっている、あとはそこに立つだけだ。ステージの上のアタシは、無敵でカッコいいアタシでなくちゃね。 「さ、いくわよ泉ちゃん!」 「なんで年下のくせになるくんが仕切ってんの……まぁ、今日だけは許してあげる」 ナイトキラーズも王さまも、まとめてかかってきなさいな。今のアタシたちが一番輝いてるって胸を張って言えるから、誰にも負けたりなんかしないのよ。 |